襟元にパールのネックレスをして、さらにジャケットの襟に、ひと粒のパールのピンを留めていた。 ネックレスとピンのパールが互いに呼応して、華やかでしかも引き締まった印象を与えている。
もう一人、フィレンツェ大学で学び二年前に帰国した友人は、紺のブレザーの襟に、メレダイャの光る小さな蝶のピンをニつ留めていた。 ニつの蝶が、渋い濃紺の襟の上で舞う姿今日のゲスト、N夫人。
彼女はノーカラーのマントのようなギャバジンの、軽やかなコートをフワリとまとっていたのだが、その襟元に、小さな水烏、二羽の小鳥、先の友人とまったく同じメレダイャの蝶のピンを留めていた。 水鳥はゴールドに鮮やかなエナメルでブルーとグリーンの色が施され、あとのピンはすべてメレダイャで色が統一されている。
可愛い、そのピン!と思わず声を上げると彼女は、ピンが大好きで、見ればつい買ってしまうのだと言った。 蝶のピンはスピーガ通りのブティックで二千円ほどだったそうだ。
他のピンも決して高価なものではなく、遊びのおしゃれだと言う。 渋い大人のコートやジャケットに、チョンチョンと留まった動物のピンたちは、彼女たちの内面の遊び心や軽やかな生き方、大人のチャーミングさといったものを見る者に感じさせる効果があった。
ミラノのマダムたちもピンを特に愛しているように見える。 その理由は、華美になりすぎ何だか愛らしく、堅いガリレオの研究をしているその人が、急にチャーミングな女性に思えてきた。
もちろん夕方から夜にかけての装いには、大ぶりのゴージャスなブローチをポンとひとつつける人が多い。 都会人を自認するミラネーゼは、昼間から、こってりとドレッシーに装うことを気恥ずかしいという。

"さり気なくおしゃれする"ことが洗練につながることを実によく理解している。 ピンブローチのっけこなしに表現されているので紺のカシミアのジャケットの襟に、イニシャル入りの丸いタイプ、六角形のゴールドのもの、同じ形の長方形のピンを二一つ、一番下には、自分の星座であるさそりのピン…こんなつけ方を教えてくれた人もいた。
そのつけ方には、ひとつのリズムがあった。 物語があった。
コレクションしてたくさん持っていると、こんな楽しいつけ方も可能となる。 ピンはパッと見た時の派手さよりも凝った美しさ、胸元にドラマを感じさせる、おしゃれのハイテクニックである。
ボディとは、いわゆるボディスーッのことで、レオタードのように上下がひと続きになったランジェリーと服の中間のようなものである。 ミラノでは、このボディがとても普及している。
冬場には、タートルセーターのようなデザインのものも多く、ずいぶんスカートのウエスト部分がスッキリして見えるな、と思うと、たいていボディ型のセーターだったりする。 レースのタイプのものは、誰でも一枚は持っているといっても過言ではない。
ウエストまでが総レースになっているものや、胸で切り替えて上の部分だけがレースになっているもの。 ハイネック、Vネック、長袖からノースリーブ、色もさまざまなものがある。
このようなレースのボディは、それ一枚で着るものではなく、必ずジャケットを重ねる。 あるレストランで出会ったマダムは、タキシード風の襟の、美しい辛子色のジャケットに黒のレースのボディを中に着て、襟元にはダイヤのネックレスというコーディネイトをしている夕一女らしさを語らせるレースの「ボディ」た。

もちろん夜の装いである。 オペラへ行くときなど、カクテルドレスを着るほどのフォーマルではなく、スーツで行きたいけれど少し華やかにしたいというようなときに、マダムたちは、よくこんな装いをする。
ところで、このボディ型の服というのは、日本ではぜつたいに売れないもののひとつ、とされているそうだ。 下着店の経営者などに聞くと十人中十人が「売れない。
今後も普及することは、まずあり得ない」と言うのである。 その理由は、脱ぎ着が面倒なこと、生活の中で機能的でないこと(確かに股の部分をボタンで留めるというこの形は、ちょっと気恥ずかしい。
自分が留めているところを想像しても、あまり見よいものではないのだが…)。 体にフィットするものは、特に中高年の女性には、最も敬遠されるものだということである。
日本人が手に取らない最大の理由は「セクシー過ぎる」ということではないだろうか。 日本人はセクシーになり過ぎることを恐れるようだ。
いつまでも夢見がちな少女でいたい、大人になりたくないという気持ちがその背景にあるように思える。 その気持ちを抱いたまま、年齢的には大人になり年をとっていく。
反対にイタリア人に、女として最も大切なことは何かと聞くと、必ず決まって「セクシーであること」という答えが返ってくる。 この場合のセクシーとは、女の部分を失わず、いつまでも夫や恋人に、女性として愛されたいという意味である。
そのための努力を惜しまないいつも体型に気を配り、多少疲れるボディでもセクシーな美しさのためなら、がまんする。 そこに不健康な嫌らしさがないのは、カラリとした陽性な国民性と、それに加えて、母性の強さにあると私は思っている。
彼女たちは母でもあり女でもある。 夫や子供を守る骨太な強さが、またその女の部分をも輝かせているのである。

さて、私の七十歳になる母は小柄でやせた体型なのだが、多くの中高年がそうであるように、お腹だけに賛肉がしっかりついている。 それもジャケットやスカートのデザインを工夫してうまく隠しているので、私はたいして気になっていなかった。
ある日突然「お腹を引き締めなければ」と言い出したのである。 聞けば理由は最近始めたダンスにあった。
レッスンでレオタードを着る。 少しずつ上達して、もっと上手に踊りたいと思い鏡を見ると、ぴったりと体に沿ったレオタードによって白日のもとにさらされた太いお腹が、嫌でも目に飛びこんでくるというのだ。
それでついに、甘いものをより減らして腹筋を毎日鍛える、と宣言した。 レオタードもボディも同じタイプの服である。
日常の中で(ダンスやエアロビクスのレッスンではなく)ボディを着る習慣をもっている女性たちは、日々自分の体型をチェックせざるを得ないということだろう。 おしゃれすることを、女としての自分への警鐘に上手に利用していると思う。
社会と、築いている宗教観、倫理観といったものが、女のあり方をも決めるのだとしたら、イタリア人のそれと私たち日本人が違っているのは当然だろう。 楓爽とボディを着こなすマダムたちを知ったとき、幾つになっても女としての自覚を失わずにいたいと強く願ったのだった。
結婚したばかりの頃、自宅でパーティを開くとなると料理や掃除に気を遣い、終わったときにはすっかり疲れてしまうということの繰り返しだった。 ところがその後、イタリア人のホームパーティーに招かれていく中で、考え方がすっかり変わってしまった。

たとえばアパートの隣人、グレッキ夫妻に初めて招かれたときのこと。 指定された午後四時に行くと、居間のガラステーブルの上にはきれいな南イタリア風の絵が描かれた小鉢がいくつか並んでいた。
中の料理は黒オリーブのフライ、小さな塊のパルメザンチーズ、ディップにさした野菜など簡単なものばかり。 ワインを開けて乾杯して、あとはひたすら飲んでお喋り。

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